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京急旧1000形ありがとう運転に乗ってきた

6月28日限りで営業運転を終了する、京急旧1000型のありがとう運転に乗ってきました。

金沢文庫 2番線ホーム(11:49発)→ 三浦海岸駅(12:20着) ※快特
三浦海岸(14:04発)→ 京急久里浜(14:13着) ※特急
京急 報道発表資料


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入場制限がされるほどホーム一杯となった金沢文庫駅に、臨時の快特 三浦海岸行きとして1000形が入線、鉄道ファンから沿線に住んでいる方までたくさん乗り込みました
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側面の行き先表示横には「惜別1000形」のプレート・1959年から実に51年間も走り続けました

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最近はほとんどみかけなくなった扇風機がまわる車両は満員。社内では駅と駅との間のアナウンスで、1000形の歴史や京急の中での存在感の大きさなどを紹介されました。「1000形は全ての京急の模範となる車両。引退した後も我々の心の中でずっと走り続けます」という言葉に思わず涙!

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行きの終着、三浦海岸に到着。こうして見ると、なんだかお爺ちゃんがうれしそうに笑っているように見えてくるから不思議です

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帰りは特急 久里浜行きとしてラストラン

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久里浜に到着後、お客さんを降ろして車庫へ向け発車するときは拍手や「ありがとう」「忘れないよ!」など大歓声。

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明日まで通常の営業運転を続ける大師線にも乗ってきました

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ごく日常だった、けど今では懐かしい車内。これが見られるのも今日が最後

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1959 - 2010 THANK YOU 1000形


このありがとう運転を知ったのは、前日にたまたま読んだ「さよなら「昭和顔」の1000形――京浜急行電鉄大師線 」がきっかけでした。最近は京急にあまり乗らず、葬式鉄でもない私ですが、旧1000形には特別な思いがあったので、足を運んできました。

物心ついたときに大森のマンションに住んでいて、いつも窓の下を走っていたのが京急(当時は京浜急行と読んでました)でした。旧1000形はそのときからの主力車両で、これが走っているのを毎日見ていたのが鉄道好きになったきっかけなわけです。その後、京急沿線から引っ越してしまい、乗る機会も減ってしまったのですが、だからこそ京急=旧1000形というイメージが強く残っています。当たり前がなくなってしまうのは実に寂しい限りです。

1959年(昭和34年)から製造され、実に51年も走り続けてきたわけですから、私以外にも京急といえばこの車両という方も多いのではないでしょうか。

長い間、本当にありがとう、おつかれさまでした!
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